LOGIN第46話 その白銀の妖精、やっぱり黒くないですか?
「ケヴィン様はまだ諦めてないのね」
レーキから報告を受けていた、ウェルシェの口から小さなため息が漏れる。
ひと月程前から自分をつけ回す怪しい影に気がつき、ウェルシェはレーキ達に彼らの監視をお願いしていたのだ。今日はその報告を受ける為に1人で庭園へと赴いたわけである。
さすがにアイリスから凸を受けるとは思わなかったが……
「はい、彼らの
「大半?」
「ええ、その……実はオーウェン殿下や側近達の息が掛かった者達も僅かながら含まれておりまして……」
「それは殿下がケヴィン様に協力していると?」
「おそらく」
「呆れた」
王妃から叱責を受けたオーウェンは王位継承権まで失う危機に瀕している。それなのに今その原因となったウェルシェとエーリックの婚約にちょっかいを出すのは火に油だ。
「殿下はご自分のお立場を理解していらっしゃらないのね」
「嘆かわしい限りです」
オーウェン達は在学中に何かしら実績を上げて汚名を返上しなければ最悪廃嫡される可能性まであるのだ。ウェルシェ達にかかずらっている場合ではない。
「もしかして、殿下は私がケヴィン様に懸想していると未だに信じていらっしゃるのかしら?」
「おそらくは……オーウェン殿下にとってアイリス嬢の言葉は絶対ですから」
さっきの人様の婚約者を捕まえて犬呼ばわりするアイリスを思い出してウェルシェは顔を
「どうしてアイリス様は私がケヴィン様をお慕いしていると思われたのかしら?」
「先程も何やら喚き散らしておりましたが……申し訳ございません。寡聞にして私には理解ができませんでした」
「安心して。私もまったく分からなかったから」
ヒロインだとか悪役令嬢だとかザマァだとか一方的に捲し立て、アイリスはいったい何を要求していたのか?
「彼女の思い込みの原因を早急に調べたいところね」
このままではケヴィンの暴走に巻き込まれてオーウェンが廃嫡の憂き目に遭う可能性がある。
(殿下が廃嫡されたらエーリック様が立太子……そうなったら私は将来の国母に)
それはウェルシェの望むところではない。
(それだけは絶対阻止よ!)
「アイリス様の動向を見張ってもらえるかしら?」
オーウェン対策の為にもキーパーソンであるアイリスの調査は必須だ。
「確かに彼女の調査は必要と思いますが……」
「何か問題でも?」
珍しくレーキの歯切れが悪い。いつもと様子が違うレーキにウェルシェは小首を傾げた。
「ここ最近になってセギュル家の動きが急に活発になってきております」
その報告を聞きウェルシェの眉間に皺が寄る。
「ケヴィン様が何か仕掛けてくると?」
「その可能性が高いかと」
アイリスに対して人員を割いてしまうとウェルシェの周囲が手薄になる。それでは心許ないとレーキは忠告しているのだ。
「セギュル侯爵は何をしておいでなのかしら?」
ケヴィン様が暴挙に出ればセギュル家とて今度は無事では済まないはずである。色々やらかしているケヴィンに監視を付けていないとは考えにくい。
「まだ調査中ですが、どうもケヴィン個人の暴走ではないようです」
「まあ、そうでしょうね」
ケヴィンだけでは人を動かせないはずだ。誰かを使えばセギュル侯爵に露呈するからである。
「セギュル侯爵はケヴィン様に加担するほど愚かではないでしょう。そうなるとセギュル夫人かしら?」
「その可能性が高いかと……目下調査中です」
お茶会で王妃オルメリアより沙汰が下された時、セギュル侯爵の妻ケイトの表情が不愉快そうに歪んでいたのをウェルシェは見逃していない。
「そっちに関してはカミラに任せるからいいわ」
他家の内部事情ならカミラの
「この件、どのように対処なさるおつもりで?」
「そうねぇ……」
唇に人差し指を当てながらウェルシェは思案した。
(このままではオーウェン殿下まで累が及ぶ可能性が高いわ)
これを放置していればウェルシェにとって最悪の状況になりかねない。
「まずはケヴィン様が本当に私を狙っているのか、援助しているのはセギュル夫人で間違いないのか、それらをはっきりさせましょう」
「彼らが黒の場合は?」
「あれだけやらかして軽い処罰で済ましてもらっているのよ。それなのに逆恨みするセギュル夫人やまったく懲りていないケヴィン様に更生の余地はないわね」
「私もそう思います」
(オーウェン殿下の介入が表沙汰になる前に決着をつけないと)
「あなた達はケヴィン様の動向を見張っていてもらえるかしら?」
「それは構いませんが……どうなさるのです?」
「ケヴィン様を罠にかけます」
ウェルシェは口の端を吊り上げニヤリと笑った。
それは『白銀の妖精』や『妖精姫』と呼ばれている見た目純真可憐な少女とは思えぬ真っ黒な
「ケヴィン様にはここで退場していただきましょう」
第46話 その白銀の妖精、やっぱり黒くないですか?「ケヴィン様はまだ諦めてないのね」レーキから報告を受けていた、ウェルシェの口から小さなため息が漏れる。ひと月程前から自分をつけ回す怪しい影に気がつき、ウェルシェはレーキ達に彼らの監視をお願いしていたのだ。今日はその報告を受ける為に1人で庭園へと赴いたわけである。さすがにアイリスから凸を受けるとは思わなかったが……「はい、彼らの大半はセギュル家ゆかりの者達でした」「大半?」「ええ、その……実はオーウェン殿下や側近達の息が掛かった者達も僅かながら含まれておりまして……」「それは殿下がケヴィン様に協力していると?」「おそらく」「呆れた」王妃から叱責を受けたオーウェンは王位継承権まで失う危機に瀕している。それなのに今その原因となったウェルシェとエーリックの婚約にちょっかいを出すのは火に油だ。「殿下はご自分のお立場を理解していらっしゃらないのね」「嘆かわしい限りです」オーウェン達は在学中に何かしら実績を上げて汚名を返上しなければ最悪廃嫡される可能性まであるのだ。ウェルシェ達にかかずらっている場合ではない。「もしかして、殿下は私がケヴィン様に懸想していると未だに信じていらっしゃるのかしら?」「おそらくは……オーウェン殿下にとってアイリス嬢の言葉は絶対ですから」さっきの人様の婚約者を捕まえて犬呼ばわりするアイリスを思い出してウェルシェは顔を顰めた。「どうしてアイリス様は私がケヴィン様をお慕いしていると思われたのか
「何なのかしら、あれ?」まるで嵐のように現れ去っていくアイリスに、ウェルシェは呆気に取られてしまった。「あれが『スリズィエの聖女』と呼ばれているの?」可愛い桜色の髪、澄んだ空色の瞳、華奢で小柄な肢体、際立った美貌ではないが、全体としてとても清涼感のある愛らしい美少女。確かに外見はスリズィエを連想させる可憐な令嬢である。だが、その中身は聖女より狂女だとウェルシェは思った。「とんだ見た目詐欺ね」カミラがいれば「お前が言うな」とツッコミを入れそうな完全なる特大ブーメラン発言である。「レーキ様達の苦労が偲ばれるわ」「お気遣い痛み入ります」アイリスが去りウェルシェしかいないはずの花園に響く男性の声。「まさか突撃を掛けられるなんてね」「お助けできず申し訳ありません」その声はレーキ・ノモのものである。どうやら木の陰に隠れているようだ。「仕方ないわ。今しばらくは私達の関係をオーウェン殿下には悟られたくないもの」正直そこまで警戒する必要があるのだろうかとレーキは疑問に思う。オーウェンはレーキ達を軽く見ている。彼らがウェルシェと結託しても歯牙にも掛けまい――レーキはそう分析している。「あの女の異常性は見ての通りですので重々お気をつけください」「ええ、あそこまで滅茶苦茶な方とは予想外だったわ」レーキの忠告にウェルシェは乾いた笑いを浮かべた。「オーウェン殿下達はあんなスリ
その後、ウェルシェはイーリヤと徐々に親交を深めていった。また、不埒な男共も完全に鳴りを潜め、ウェルシェは平穏な学園生活を取り戻した……かに見えた。が、新たな問題が出現した――「あんたも『転生者』なんでしょ!」「はい?」とある事情でウェルシェは校舎裏にある花園に一人で訪れていたのだが、そこに薄桜色の髪と春空色の瞳の美少女――アイリス・カオロが現れた。「トボけたってムダよ!」(えっ、突然何なの?)急にやって来て、開口一番ウェルシェに向かって訳の分からないことを喚き散らしたのである。意味が分からずウェルシェは目をぱちくりさせた。「ちゃんと分かってんだからね!」アイリスは恐ろしい形相で迫ってくる。『スリズィエの聖女』と呼ばれ、見目麗しき男達に愛嬌を振り撒いていた面影はまったくない。「あんた『ゲーム』の『設定』と違い過ぎるのよ」(うーん……意味不明ですね)アイリスの口にする単語が理解不能なウェルシェにすれば、子犬がギャンギャン吠えているとしか思えない。「ちょっと、何とか言ったらどうなの?」キレて叫ぶアイリスの身勝手さにウェルシェは呆れた。(何とも礼儀知らずな娘ね)友人でもないのに許しもなく高位の者に話し掛けるのはマナー違反である。それでなくとも国内でも有数の資産家で権勢を誇っているグロラッハ家とお近づきになりたい者は数多くいるのだ。いちいち相手などしてられるわけがない。「あなたはいった
「やっぱりゲーム通りに進行しちゃうのね」イーリヤの顔は暗い。「オーウェンとの婚約も回避できなかったし、なるべく学園には近づかないようにしてたんだけどなぁ」イーリヤは元日本人の転生者である。魔術のある世界に転生したと知ったイーリヤは喜び勇んだ。前世でも頑張り屋の優等生だった彼女は、絶対すごい魔術師になってやると情熱を注いで、幼少期から猛特訓を重ねたものである。もちろん公爵令嬢に生まれた以上その責務も忘れていない。勉学や貴族のマナー、その他できる事はなんでもやった。更には商会を設立してニルゲ公爵家の財政にも寄与した。イーリヤ自身にもちょっとやり過ぎた感がないでもない。「だけど、この身体って凄いスペック高いからやればやるだけ伸びるんで面白かったのよねぇ」努力すれば結果が返ってくるのは楽しいものだ。「それに前世ではこれからって時に死んじゃったから、采配を振るえるのが嬉しかったし」大手に内定決まって未来に大きな夢を抱いていた時に、痴情のもつれに巻き込まれて死んでしまった。その無念を晴らすようにがむしゃらに頑張ったのだ。痴情のもつれと言っても、イーリヤとは全くの無関係である。姫と持ち上げられてサークルクラッシャーしていた知人が取り巻きに襲われたところに居合わせて巻き込まれたのだ。「だけど、やり過ぎたせいで、あんな事になるなんて」頭痛でもするかのようにイーリヤはこめかみを押さえて嘆く。イーリヤの能力が注目され、王家から第一王子オーウェンとの婚約が打診されたのだ。その時になってここが乙女ゲーム『あなたのお嫁さんになりたいです』の世界と知ったのである。&nb
ケヴィンの件が片付き、晴れ晴れとした気分で学園にウェルシェは登校した。「ご機嫌よう、ウェルシェ・グロラッハ様」そこで彼女を待っていたのは、普段は校内で見かけない美女であった。イーリヤ・ニルゲ公爵令嬢――黒い髪に赤い瞳、精巧な人形のように整った顔、女は嫉視し男は見惚れる起伏のあるプロポーション。一度その姿を目にすれば絶対に忘れられない絶世の美女。オーウェンのテコ入れの為にもウェルシェも近いうちに接触をしようと思っていた相手だ。(これは好都合ね)ウェルシェは内心でにんまり笑った。イーリヤは格上の相手だけに、どう接触しようか思案していたところなので、手間が省けた。「これはイーリヤ・ニルゲ様、ご挨拶痛み入ります」「将来は姉妹になるのだしイーリヤで良いわ」「では、私のこともウェルシェとお呼びくださいませ」しかも、望外にも名前を呼ぶ許可まで貰えた。これで今後は接触がしやすくなる。「本当はもっと早くにあなたと会いたかったのだけど……」「あなた様はとてもお忙しい身。取るに足りぬ私などをお気に留めていただけただけでも光栄でございますわ」イーリヤはふっと笑みを零した。見惚れるほどの妖艶な美しさだ。「ウェルシェが取るに足りなかったら、この学園のほぼ全員がつまらない人間になってしまうわ」「まさか……私のような非才の身など……」「謙遜も過ぎれば嫌味よ」(いやいや、公爵令嬢でありながら文武両道、魔力量甚大、努力の人で商才まである絶世の美女相手に何をど
――ガッシャーーーンッ!!!茶器が床に叩きつけられ、無残に砕けて散った。この部屋の主が大事にしていたオーダーメイドの高級品だったのだが。もっとも、金の模様が過多でなんとも品がない。「キャッ!?」間近に控えていた侍女が短い悲鳴を上げた。これまた高級そうだが派手な色合いでけばけばしい絨毯の上に飛散する茶器を前に彼女は震えた。「ケヴィンがいったい何をしたって言うのよ!」この部屋の主人であるセギュル夫人がまたいつもの癇癪を起こしたのである。「あの子はただ自分の恋人の窮地を救おうとしただけじゃない!」セギュル夫人はケヴィンの言い分を無条件に信じていた。だから、悪いのはエーリックだと疑いもしていないらしい。「それなのに、どうしてケヴィンだけが罰を受けなきゃいけないの!?」実際には継承権剥奪の危機に陥っているオーウェンが一番重い罰を受けている。だが、彼の罰には執行猶予がついており、今回の件でケヴィンだけが理不尽に虐げられているようにセギュル夫人には思えた。「こんなの王妃の横暴じゃない!」我が子だけが不当に罰を受けている――それがセギュル夫人の歪んだ認識なのであった。イライラしてセギュル夫人は親指の爪を噛む。「オーウェン殿下やエーリック殿下には何のお咎めもなく、ケヴィンだけに処分を下したのは王家にセギュル家を貶める目的があるんじゃないの?」もともとエーリックは自分の婚約者を守っただけで何の咎もないし、オーウェンにしても多少横柄ではあったが罪を犯したわけでは
――マルトニア学園入学式の日校門から校舎へと続く道にスリズィエの花びらが舞う。奥へと更に奥へと進めば、入学式が執り行われている大講堂へと続く。その中には今年入学する新入生とその保護者が集まっていた。「新入生代表ウェルシェ・グロラッハ」式が進行していく中で、一人の少女の名前が呼ばれた。「はい」凛とした声が講堂の中に響いた。
「私ってそんな尻軽な女に見える?」四阿に戻ったウェルシェの愚痴にカミラは首を傾げた。「いきなりどうなさったのです?」「さっきエーリック様が仰っていたでしょ?」お茶を注ぎながらカミラは、ああと得心がいった。「お嬢様が他の男に心移りするかもってやつですか?」それよそれとウェルシェは不満そうに口を尖らせた。そういう幼い振る舞いは年相応に可愛いなとカミ
「エーリック様、いらっしゃいませ」「やあ、また来たよ、ウェルシェ」ウェルシェの予想は大当たり。「迷惑じゃなかった?」「そのようなことありませんわ」エーリックは儚げで、庇護欲を掻き立てるようなか弱い女性が好みだった。足繁く通う彼はウェルシェのかまととの完全な虜である。「エーリック様にお会いできて私はとても嬉しいですわ」「えへへへ、そ、そう?」ウェルシェの笑顔にエーリックがデレデレになる。手のひらでコロコロ転がされているとも知らずに。端で見ていたカミラはなんとも完璧な猫かぶりだと感心するやら呆れるやら。もともとウェルシェは幼少期より儚げな深窓の令嬢を演じて、海千山
「名残惜しいですが、そろそろ帰らねばなりません」「まあ、もうそんな時間なんですの?」「楽しい時間はあっという間ですね」エーリックが器用にウィンクすると、ウェルシェがパッと花が咲くように笑った。「また、あなたにお会いできる日を楽しみにしております」「私も楽しみにお待ちしておりますわ」潤んだ瞳でウェルシェから可愛く見上げられ、エーリックはすっかり舞い上がってしまった。(これって、ウェルシェも僕に恋しちゃってるんじゃない?)エーリックはカッコよく颯爽と帰るつもりだった。だが、顔は締まりがなく、足取りも地につかずふわふわして覚束ない。「あらあら、あんなにフラフラして大丈







